なぜ「戦略は決まった」のに、現場は動けなくなるのか?

年初の戦略会議で、立派なスライドが並びます。

「3年でカテゴリーNo.1を目指します」
「中長期でブランド投資を強化します」

その場では、みんな一度はうなずきます。
しかし四半期が終わるころには、こんな声が出てきます。

「今期の数字が厳しいので、ブランド予算はいったんストップで」
「来期の状況を見て、また検討しましょう」

そのたびに資料を作り直し、代理店に「一旦ペンディングで」と頭を下げる。
現場はこう学習します。

「うちの“戦略”って、数字が悪くなった瞬間に真っ先に捨てられる“飾り”なんだな」

こんな経験ありませんか?

戦略という言葉をGoogleで調べると、以下のような情報がたくさん出てきます。

  • 事業戦略とは何か
  • 経営戦略との違いは何か
  • 差別化/多角化/集中/ブルーオーシャン…といった「型」
  • 3C/SWOT/PESTのようなフレームワーク

こうした教科書的な「戦略の一般的な定義やパターン」の整理は、すでに世の中に十分あります。

しかし、戦略という言葉の中で最も重要な「質」について語られていることは、あまりありません。

そこで、この記事では

  • なぜ「戦略は決まったのに、現場が動けない」状態が起きるのか
  • 戦略の本質である「選択の質」とは何か
  • マーケ責任者として、自社の戦略の質をどう点検すべきか

を整理します。

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なぜ「戦略は決まった」のに、現場は動けなくなるのか?

大企業のマーケ責任者と話していると、よくこんな言葉を聞きます。

『戦略は決まった』と言うけど、現場から見ると『いや、願望並べただけで、具体的なことは何一つ決まってないじゃん!』なんですよね」

この言葉。決して大げさではありません。
むしろ大企業で最も頻発し、最も現場を疲弊させるパターンです。

なぜこんなことが起きるのか。
理由はシンプルで、多くの組織で「戦略」と呼ばれているものが、実は戦略ではないからです。

たとえば、よくあるのはこんなパターンです。

パターン1:目標を「戦略」と呼んでしまう

「我々のマーケ戦略は、認知度を上げて、第一想起を取り、カテゴリーNo.1ブランドになることだ」

冷静に聞くと、現場からはこうツッコミたくなります。

「それ目標ですよね。認知は“誰の”認知ですか? マス広告で取りに行くんですか? 指名検索を増やすんですか? 第一想起を取るために“何を言わないか”は決まっていないんですか?」

ここには、

  • 誰のどの認知に集中するのか
  • そのために、どの選択肢をあえて捨てるのか

といった具体的な「選択」がひとつもありません。
耳触りのいい言葉だけが並び、行動の基準がまったく共有されていない状態です。

パターン2:手段だけを「戦略」と呼んでしまう

「今期SEOをやることが決まっている。あと動画も強化する方針だ」

これに対しては、こう考えます。

「SEOで何を取りに行くんですか? 指名検索の1位死守ですか? ビッグワードで新規流入ですか? ロングテールでCVですか?『SEOやる』だけでは、何も決まっていないのと同じですよね」

手段だけが先に立ち、

  • どの経路から、どんな顧客を取りに行くのか
  • そのために、他の施策をどう後回しにするのか

という「優先順位の選択」が空っぽのままになっています。

パターン3:「柔軟性」という名の“ノープラン”

「市場環境の変化に、柔軟に対応していくことが基本戦略だ」

いかにも今っぽい言葉ですが、実態はこうなりがちです。

「それ、『行き当たりばったりでやります(=今は何も決めていません)』と言っているのと、ほぼ同じではありませんか」

「柔軟性」という言葉で聞こえは良いのですが、

  • 何があっても変えない前提
  • どこまでなら振れてよくて、どこからはやらないのか

といった“軸となる選択”がまったく置かれていない状態です。

この3つに共通するのは、ただひとつ。

“戦略と言いながら、選択が1つも示されていない

だから現場は「何も決まっていない」と感じますし、状況が少し変わるたびに、方針がいくらでもひっくり返ってしまいます。

正直に言えば、私自身も過去にこうした「なんちゃって戦略」を量産してきた側です。
だからこれは誰かを断罪したい話ではなく、自分も含めて「OSをどう作り直すか」の話だと思っています。

戦略とは「場所選び」ではなく「選択の質」である

一般的な戦略論では、よくこんな定義が紹介されます。

戦略=戦う場所を決めること
戦術=そこでどう勝つか

さらに分解していくと

  • どの市場で戦うのか(戦場)
  • どのような価値を提供するのか(武器)
  • どのようにして競争に勝つのか(戦い方)

と分解されます。

こうした整理は、とても分かりやすいですし、この定義自体を否定したいわけではありません。

問題は、定義だけが現場で独り歩きしたときです。
大企業の意思決定を見ていると、「どこで戦うか」ばかりが議論され、

「なぜそこを選ぶのか?」
その理由の深さ=選択の質

がほとんど語られていません。

例えば、「差別化」1つをとっても、こういう差があります。

  • 「競合がいないから」で選んだ差別化
  • 「自分たちの強みが最も活きる場所だから」で選んだ差別化

この二つは、見た目は似ていても、戦略としての強度はまるで違います。

前者は「空いている場所」を見つけただけ。
後者には、その選択を取る「理由」と「そこに資源を張る覚悟」があります。

もし「戦略=場所選び」だとしか捉えないなら、それは単なる「選択」です。
「どう選んでいるか」「何を捨てるか」まで含めて初めて、戦略と呼べるのだと思います。

つまり、この記事で扱う「戦略」とは、

どこを選ぶかではなく、どう選ぶかの話

です。

なぜ「質の議論」がいつも抜け落ちるのか

では、なぜここまで「選択の質」が議論されないのでしょうか。
理由は大きく3つあります。

言葉だけが流通し、理由が見えないから

企業の中では、「議論しやすい言葉」だけが流通します。

  • 差別化
  • 選択と集中
  • ブルーオーシャン

こうしたラベルは共有しやすい。
しかし、その裏側の「なぜその選択なのか」という理由の深さは可視化されにくい。

結果として、わかりやすい言葉だけが一人歩きしてしまいます。

本質的には、パワポの出来と戦略の質に因果関係はありません。

「結果が出るまで評価できない」と思い込んでいるから

よくある誤解がこれです。

「戦略の良し悪しは、結果が出るまで分からない」

たしかに、売上やシェアといった“結果”は、後からしか分かりません。
しかし、本来の「戦略の質」は、途中でも評価できるはずです。

  • そもそも何を優先すると決めているのか
  • その優先順位と資源配分は整合しているのか
  • 数字が悪い月に、その優先順位をどこまで守るつもりなのか

こうした問いに答えられるかどうかは、「結果」が出る前でもチェックできます。

にもかかわらず、多くの組織ではこの「途中レビュー」が存在しません。
その結果、戦略を名乗るものが、一度も厳しいレビューを受けずに走り続けてしまいます。

思想が「ない」のではなく「混在している」

最後に、最も厄介なポイントです。

多くの組織には、思想が「ない」わけではありません。
むしろ逆で、複数の思想が整理されずに混在しています。

  • 創業者の「顧客第一」
  • MBAホルダー役員の「株主価値最大化」
  • 現場叩き上げの部長の「技術こそ競争力」
  • 戦略担当の「プラットフォーム化」

どれも単体では間違っていません。
ただ、序列も優先順位もないまま併存すると、意思決定のたびに

「どの思想で判断するのか」

の綱引きが発生します。

  • 一見、戦略会議で議論しているように見える
  • 実際には「思想の代理戦争」をしているだけ
  • 結局、誰も本気でコミットしない“玉虫色の方針”に落ち着く

その戦略が、現場で守られるはずがありません。

質のない戦略が引き起こす「3つの症状」

ここまでを、現場レベルの症状に落とすとこうなります。

症状1:判断が毎回ブレる

「ブランドか短期収益か」の優先順位が決まっていないと、

  • 平時はブランドを語り、
  • 短期の数字が崩れた瞬間に

意思決定は真っ先に削られます。

症状2:資源が分散し、努力が溶ける

既存も新規も“どちらも大事”なので、どちらにも薄くリソースを撒きます。
結果として、

  • すべての施策が「そこそこ」で終わる
  • 誰も手応えを得られない

という状態になります。

症状3:意思決定が遅く、重くなる

Aは顧客価値、Bは収益性、Cは現場負荷で納得しています。
しかし「どの思想で判断するか」が決まっていないため、

  • 提案がどんどん丸くなり
  • 会議も資料も増えるのに
  • 何も決まらない

という状態に陥ります。

これらはすべて、「選択の質」と「思想の整理」から逃げた結果と考えます。

戦略の質を決める「3つの要素」

では、「選択の質」は何で決まるのでしょうか。
私は、以下の3つだと考えています。

戦略の質 = 思想 × 資源配分 × 不可逆性

「足し算」ではなく「掛け算」にしているのは、
この3つのうちどれかひとつでも実質ゼロなら、戦略として機能しないからです。

ひとつずつ見ていきます。

思想:何を最優先するか

  • 何を大切にするのか
  • 何を絶対に守るのか
  • 何を捨てるのか

重要なのは、思想を“新しく作る”ことではありません。
組織にすでに存在する複数の思想を棚卸しし、

「どれを最優先するか」

を決めることです。

全員が100%納得する必要はありません。
ただし、

「迷ったら最終的にはこれを優先する」

という一行がない限り、戦略の質は永遠に安定しません。

あるプラットフォーム企業では、「ブランドの独自性」と「検索市場での存在感」が対立していました。

ブランドチームは「うちは○○ではない」と主張し、業界最大の検索キーワードの使用を避けていた。一方、マーケチームは「そのキーワードを取らないと新規が来ない」と訴える。

私たちが提案したのは、どちらかを選ぶことではありませんでした。

「単なる○○の場」ではなく「事業成長パートナー」として再定義する——この上位概念を立てることで、両者の思想を包含しながら、検索市場にも正面から向き合える土台ができました。

思想の整理とは、AかBかを選ぶことではなく、AとBを止揚する「C」を設計することでもあります。

資源配分:どこに張って、どこをやめるか

「全部やる」は戦略ではありません。

  • どこに集中するのか
  • どこをあえてやめるのか
  • どんな痛みをいつ受け入れるのか

ここまで含めて決めて、はじめて「戦略的な資源配分」と呼べます。
痛みのない集中は、集中ではありません。

思想がどれだけ美しくても、
人・時間・予算の配分が追随していなければ、「質のある戦略」とは言えません。

あるBtoB企業には、2年間で蓄積された170本超の記事資産がありました。課題は「量はあるが、質が足りない」。

普通なら「質を上げましょう」となる。でも私たちが最初に提案したのは、新規記事の作成を止めることでした。

なぜか。

記事が「リサーチ結果の羅列」に留まっていた原因は、書き手に「現場の知見」がないこと。そしてそれを補う仕組みがないこと。この構造を変えずに量産を続けても、同じ問題が再生産されるだけです。

止めることで初めて、「社員の暗黙知をどう引き出すか」という本質的な問いに向き合う余白が生まれ、結果次々と高品質な記事が投入され、流入数とCV増加につながりました。

不可逆性:未来のオプションをどう扱うか

短期の数字のためだけの値引きや、場当たり的なコストカットは、一度やるとそれが前例になり、静かに前提を壊していきます。

だから本来の戦略には、

  • 月次の数字が悪くても「ここまでは絶対に曲げない」ラインと、
  • どこから先は「前提が変わった」とみなして、戦略ごと見直すライン

この二つの線引きが必要です。

この線がないまま、数字のブレに合わせて方針をコロコロ変えているなら、
それは戦略ではなく、ただの場当たり対応です。

あるメディア事業者は、既存ビジネスモデルの構造的限界に直面していました。

収益の天井、差別化要素の喪失、主要チャネルの減少傾向——既存事業の改善を積み重ねても、この構造からは抜け出せない。私たちが提案したのは、「メディア事業者」という箱そのものを変えることでした。

既存のユーザー基盤を活かし、まったく異なる収益モデルを持つ新規事業へ展開する。

これは不可逆な選択です。一度その方向に舵を切れば、組織のリソース配分も、採用も、KPIの設計も、すべてが変わっていく。「やっぱりやめます」は、簡単には言えなくなる。

重要なのは、「小さな改善の積み重ね」と「事業モデルの転換」は、まったく別の意思決定だと認識することです。前者は可逆、後者は不可逆。

その違いを共有した上で踏み出すかどうか——ここに戦略の質が問われます。

自社の「戦略の質」を点検する5つの問い

ここまでの話を、マーケ責任者として今すぐチェックできる問いに落とします。

  1. うちの戦略は、「何を最優先するか」を一行で言えるか?
  2. その一行のために、「あえて捨てているもの」が具体的にあるか?
  3. 数字が悪い月でも、その一行を守る理由を説明できるか?
  4. 人・時間・予算の配分は、その一行とちゃんとつながっているか?
  5. この戦略を競合が丸パクリしても、同じ強さにはならないと言い切れるか?

どれかひとつでも NO なら、

「戦略がない」のではなく、
「戦略の質が足りていない状態」

かもしれません。

思想の整理から逃げる限り、戦略は永遠にブレ続ける

ここまでをまとめると、

  • 戦略の本質は「場所選び」ではなく「選択の質」である
  • 質は「思想 × 資源配分 × 不可逆性」で決まる
  • 多くの企業では、「願望・ToDo・玉虫色」が“戦略”と呼ばれている
  • その背景には、「思想の混在」と「途中レビューの欠如」がある
  • 質のある戦略には、「何を最優先するか」という核になる一行がある

そして、いちばん大事なのは、この一点だと思います。

「うちは最終的に、何を優先するのか?」
この問いから逃げ続ける限り、戦略は必ず揺らぎます。

逆に言えば、

この問いに向き合う覚悟を持てる組織だけが、長く勝ち続けるはずです。

あなたの組織は、本当に“質のある選択”をしていますか?

こうしたテーマも、ご一緒に整理しています

  • 戦略の定義や種類の整理
  • 3C/SWOT/PESTといったフレームワークの活用

は、すでに多くの企業が取り組まれています。
一方で、

  • 戦略の「質」をどう定義し直すか
  • 会社として何を最優先するか(思想)の整理
  • 既存施策とR&D枠をどう見直し、どこに集中するか

といったOS側の設計は、まだ手つかずのことが多いし、外部への発注や相談が難しいと感じています。

シンクムーブでは、この記事で触れたような論点を、クライアントの皆さんと一緒に言語化・構造化するお手伝いをしています。

「まずはうちの状況を聞いてもらって、どこから手をつけるべきか壁打ちしたい」

そんなライトな相談からでも歓迎です。
もし今の戦略や評価・予測の仕組みにモヤモヤがあれば、ぜひ一度ご連絡ください。

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この記事を書いた人

豊藏 翔太のアバター 豊藏 翔太 シンクムーブ株式会社 代表取締役

エン・ジャパン株式会社にてIT/Web系の求人広告営業、ITコンサルティング企業でAIやRPAなどのITコンサルタントを経験後、「SEO Japan」を運営するアイオイクス株式会社に入社。

第1局長として大手企業を中心としたWebコンサルティングに携わった後、2024年12月にシンクムーブ株式会社を設立。アイオイクス株式会社フェローを兼務。

AIを活用したインハウスマーケティング共創支援サービスやセミナー、『AI時代のSEO戦略──組織を動かし成果を引き寄せる実務マネジメント』の出版など精力的に情報の発信を続けている。

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